QLOOKアクセス解析

無二無三

『新選組を探る』、『川崎尚之助と八重』、『慶応四年新撰組近藤勇始末』、『慶応四年新撰組隊士伝』著者、あさくらゆうの公式ブログです。主に取材、調査、日常のことを記しています。 *当該ブログで掲載した画像の無断転用は固くお断り申し上げます。なお、論争の道具にすることは固くお断り申し上げます。*拙ブログについての問い合わせはTOPページよりメールでお願い申し上げます

Entries

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  • TB(-) |
  • CO(-) 
  • [Edit

供養のための旅行~2日目、川崎尚之助供養の会①

20日
 きょうは川崎尚之助の命日です。

7:00、起床。バタバタ。

8:30、川崎さんのご好意で出石まで送っていただけることに。

9:10、出石に到着。伊藤清永美術館で待ち合わせなので待機することに。

9:50、豊岡市の方と合流し、文書調査を。

10:30、落とした影響か、それから少しして撮影中、いきなりズームが伸びきったと思いきや、デジカメがご臨終(泣)豊岡市の方にその旨を告げたらデジカメを貸していただけることに!助かりました(汗)

12:00、無事撮影が終了し、急いで川崎さんと合流するため「そば庄」へ。急いで蕎麦を賞しました。美味しいお蕎麦は格別ですが、急ぎ過ぎました。急いでここで食事するのは2回目です(汗)

130320_130650 (640x480)
12:50、願成寺に到着。ここで北垣宗治先生と対面。82歳という高齢ですが快活なお姿に感服いたします。ここで供養の碑を皆で拝観いたします。

130320_131409 (480x640)
 ちなみに供養碑とは別に隣の慰霊塔には後ろのパネルに「川崎尚之助」の名前が掲示されております。つまり隣の慰霊塔が正式な川崎尚之助の墓所となります。

130320_125624 (640x480)
13:10、宗鏡寺に到着。ここで川崎才兵衛寄進の燈籠を拝観します。すでに200年以上経過していますが、痛みもなく立派です。一緒にいた京都龍馬会堤さんの言では戦時供出を免れた珍しいケースだと言われておりました。堤さんは周囲を一望して、鐘楼などから戦後に作られたものが大部分を示すと指摘されておりました。そういう意味でも貴重だということがわかります。

130320_135922 (640x480)
14:00、再び願成寺に参り、読経が始まりました。半年前から予約していた川崎尚之助供養の会による法要が営れた訳です。私としても感慨深いものがあります。

 そしてココで新事実!なんと昭和44年に川崎渉二家による法要の写真が発見されました!このブームで大阪にいるご子孫から当時の法要の写真が願成寺に寄贈されたそうです。そして何が凄いのかというと、昭和46年初頭に撮影されたときにはなかった川崎尚之助の墓碑の墓柱が写っていたことです!

 つまり、この後、約1年と少しの間に墓柱は失われた訳で、事情は少し理解できました。ただ、もしかしたら墓柱のみ何処かに埋まっている可能性はありますね。

 こんな形でお寺を後にしました。
(つづく)
人気ブログランキングへ
よろしければクリックご御力お願いします

にほんブログ村 歴史ブログ 幕末・明治維新へ





スポンサーサイト

Comment[この記事へのコメント]

Comment_form

管理者のみ表示。 | 非公開コメント投稿可能です。

Menu

プロフィール

funnya

Author:funnya
FC2ブログへようこそ!

最新記事

最新記事

検索フォーム

ブロとも申請フォーム

QRコード

QRコード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。