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無二無三

『新選組を探る』、『川崎尚之助と八重』、『慶応四年新撰組近藤勇始末』、『慶応四年新撰組隊士伝』著者、あさくらゆうの公式ブログです。主に取材、調査、日常のことを記しています。 *当該ブログで掲載した画像の無断転用は固くお断り申し上げます。なお、論争の道具にすることは固くお断り申し上げます。*拙ブログについての問い合わせはTOPページよりメールでお願い申し上げます

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行方新選組まつり・前夜と1日目

17日
 各種予定が推して、16:30に矢立茶屋へ「さなストーリー」4版を卸しました。1枚写真を挿入してリニューアルしています。その後、図書館から連絡があった図書2冊を借りました。最近メールで交流のあるYさんが出された書籍と「北有馬太郎の生涯」です。特に「北有馬~」はボリュームが凄く、驚きました。

18:30、かねて約束があった千文会のIさんとミニコミ誌の方を紹介いただき懇談しました。話に熱中し、その後食事をご馳走いただき、気付けば帰宅は0:00でした。

 そこで急いで19日のツアーのレジュメを作成。1回データが飛んでしまい、やり直した関係で完成したのは3:30。そこで明日の用意をいたしました(汗)

18日
5:30就寝。
7:30起床。
軽く朝食と摂った後、出発。9:39の列車となり、土浦へは10:43に。送迎によって行方市玉造にあるふれあいランドへ。手前を渡る霞ヶ浦大橋からの景色は最高です。

11:30、永井、千葉両氏が到着し、簡単に行方市より台本をいただき打ち合わせ。行政側は緊張していましたが、私と永井さんは慣れてるせいか、意外に落ち着いています。千葉さんとは電話では何度かお話していましたが、初めてお会いしてその誠実さに信用が持てました。永井さんは私が入っている茨城地方史研究会の幹部ということもあり、懇意にしていますので、身内感覚でお話ができる立場ということもあり、本番前でも意外になごやかな雰囲気でいられました。

 このほかにツアー参加者も見学者として参加予定となっており、同乗者である篠本さんも案内人として乗車しております。この一行が到着したのが12:40。待ち合わせには1時間以上遅れておりますが、私の範疇では想定よりも早いくらいの気持ちでいましたので安心しました。

 さて、行政側より迎えがあり、各自着席いたしました。当初は20名くらいの観客数でしたが、始まってみると次第に増えて、40名くらいに膨れ上がりました。

 司会のあとを受けて、最初に永井さんからは笠間藩関係の概略を。話し慣れているプロですから、きっちり持ち時間とおりに終了。

 次に千葉さんからは本堂家についてお話が。お話中、天井に張った目張りが落下しかけて5分ほど中断を。少し慌てましたが、その分遅れてお話は終了。

 そして篠本さんからは旧玉造町時代から取り組んだ新選組事業についてあらましを説明いただき、いよいよ私にバトンタッチ。前者2名からは「新選組のことはあさくらさんに聞いて♪」と言われましたが役割分担が違いますので、それは遠慮しまして、ディスカッションです。

 質問要旨を簡単に触れますと、

Q.新選組と言っても当初の新選組には芹沢鴨という水戸派としてのイデオロギーがありました。そのイデオロギーの原点である尊皇攘夷という1点に共通点を見出し、純然たる佐幕の近藤勇一派との連立が出来たということで、この尊皇攘夷について言葉の生みの親である水戸藩の立場として永井さんにお言葉を願いたい。(あさくら)

A.尊皇攘夷というのは水戸藩藤田東湖が提唱した語源だが、水戸藩という立場から幕府あっての尊皇攘夷であり、後世の代名詞とされている佐幕VS攘夷ではない。(永井)

Q.このように水戸学といわれるほどに各地へ浸透した言葉を生み出しておりますが、茨城県各地では本居宣長が提唱する国学が浸透した地でもあります。実は笠間藩と志筑本堂家では鬼沢大海という国学者が両所の国学者として浸透し、招聘されております。その点に関して志筑の思想的なことをお話いただけるよう、お願い申し上げます。(あさくら)

A.志筑は先ほどお話申し上げましたように8000石の交代寄合で幕府の旗本の立場にありました。そのなかで国学の思想を受けて、天皇を崇拝する思想も強かったと考えられます。天狗党の領内通過阻止も、金子政意が天狗党と交流があり、密約によって領内通行を避けたということも伝えられています。(千葉)
(間に)鈴木家の文書には大原三位からいただいた短冊の包紙には母親宛ながら、先に本堂家に見ていただいた後に母親へ宛てていただくということがされています。このような事情から、本堂家ではすでに京都事情が解っていたようですね。(あさくら)

Q.このような動乱のなか、さきほど天狗党の話が出ましたが、実は旧玉造町は天狗党が多く派生した地域でもあります。その地元に住む立場としてそのお気持ちをお聞きしたいと思います。

A.難しいところですが、玉造は水戸っぽという気持ちの強い地域だと思います。そうした気持ちが天狗党になったのではないでしょうか?(篠本)

(間に)こうして3者に語っていただきまして補足を…(各自講演での補足説明・あさくら)

Q.本日は笠間藩で語っていただきましたが、ほかに茨城県立歴史館には水戸藩に関するものや、立場が逆となった一橋家の文書も存在します。こうした文書群を見た永井さんの立場として一橋家についても語れるところはありますか(あさくら)

A.ご存知のように、徳川慶喜は徳川斉昭の子供であり、縁あって当館に所蔵されています。その量は膨大で、京都の件も文献があるようです。こうした面白い資料も歴史館では展示だけでなく閲覧にも供しております。実際に触れて学んでいただく機会も増えると思います。
(間に)この歴史館は難しい文字であっても職員が懇切丁寧に教えていただけますので、是非ご来館ください。(あさくら)

Q.こうした特色のある茨城ですが、今回、鈴木家の文書がかすみがうら歴史資料館に寄託されております。こうした資料の活用する予定はございますか?(あさくら)

A.実は12月より「志筑藩と新選組」と題し、展示予定がございます。昨年末も新選組関係の展示を行っておりますので、是非にもお越しください。(千葉)

Q.こうして新選組の灯は消えてないように思えますが、今後、篠本さんとしては行方市でどのような活動をされて行きたいでしょうか?(あさくら)

A.これからも顕彰し、活動していきたいと思います(篠本)


 このような議論となりました。一応、観客にも質問を振りまして、永井さん宛に長岡藩と笠間藩の関係について述べられて、時間となったことから無事、終了いたしました。

 なお、この後、私は行政からの依頼でツアーバスに便乗して、ツアーの方々と懇親しながら帰りの終着点である水戸に到着いたしました。

 その後、今回は明日のこともありますので北浦温泉に1泊いたしました。疲労困憊でしたので、部屋に入ってすぐに就寝しました。実に20:30で気絶状態でした(汗)


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Comment[この記事へのコメント]

NoTitle 

ハードスケジュールお疲れ様でした

また大変お世話になりありがとうございました。
日曜日はやはり仕事がたて込んでいて
抜け出せませんでした。
申し訳ございません。

  • たまちゃん 
  • URL 
  • at 2010.09.21 00:39 
  • [編集]

おつかれさまでした 

たまちゃんさま、コメントありがとうございました。

大役ご苦労さまでした。

どうか次代の行方の期待を担ってくださいね。

応援いたします。
  • あさくらゆう 
  • URL 
  • at 2010.09.21 01:37 
  • [編集]

NoTitle 

ご無沙汰しています。
行方とは、何処と思ったのですけれど。
芹沢鴨の地元でもお祭りが有るのですね、正直びっくりしてしまいました。
最近は本当に行事(各所巡りにも)にはご無沙汰で、基本の京都などにゆっくり行ってみたいものです。
良い季節に成りましたし。
  • oh 
  • URL 
  • at 2010.09.22 08:11 
  • [編集]

おひさしぶりです 

ohさま、おひさしぶりです。
史跡巡りしやすい季節になりました。
また機会があればコメントお待ち申しております。
  • あさくらゆう 
  • URL 
  • at 2010.09.23 03:19 
  • [編集]

NoTitle 

確かに歩きやすい季節に成りましたみたいですね。
ところで芹沢鴨と言えば、時折中仙道、本庄宿など通りがかっても居たのですが、此処は、他の出来事の史跡や資料などは有るようなのですが、かの大焚き火の件に関しては殆ど無いようで、残念な事です。
此処もゆっくり過ごしてみたい箇所なのですが、どうも先が有る為、行き過ごしてしまうのですね。
  • oh 
  • URL 
  • at 2010.09.23 16:08 
  • [編集]

実は 

本庄宿の記録はいくつかあります。

その全てに火事の記載はありません。

その代わり、近藤勇が2月14日に先番宿割となった辞令の写しは存在します。

なので本庄宿の話はパチですね。違う場所だと思います。
  • あさくらゆう 
  • URL 
  • at 2010.09.23 22:34 
  • [編集]

NoTitle 

近藤の記録はあるのですか?
それでしたら、見落としか、(もっと悪い見方をしてしまいますと)調査のずさんと言う事でしょうか?

余り中仙道の土地的には知らなかったので、通りがかってみて、結構江戸から近い場所でも騒ぎだったのだなぁと、驚いてしまいました。
  • oh 
  • URL 
  • at 2010.09.24 08:08 
  • [編集]

まぁ… 

ohさま、
この10年、情報公開によってどの資料館にどのような資料があるか、根気をもって探せば出る時代になってきております。

要はそうした気持ちがあるかどうか…ですね。

基本的に新人物の作家さんたちは「取材費も出ないのになぜ調査しなければいけないのか?」と言ってる方(著作多数の方です)を目撃しています。

ほかの方ですが、例えば「龍馬伝」なんかでも如実でしょ。移動でもどう考えてもワープするか飛行機に乗らなければ間に合わない場面がいくつもありました(汗笑)
  • あさくらゆう 
  • URL 
  • at 2010.09.24 14:56 
  • [編集]

NoTitle 

あはは。
ドラマや小説などの捜索物はその虚構の部分を楽しむゆとりを持たないと。
余り過ぎるとちょっといい加減にしろとは思いますけれどね。

記録物は取材こそでしょうに。
あそこ(新人物)は自費の方が多いみたいですから、それこそそう言う事が好きでしているのでは?と思っていましたけれど?
(以前、自費のを考えた事が有りますので^^;)
  • oh 
  • URL 
  • at 2010.09.27 10:49 
  • [編集]

みなみなさまへ 

まずはメールでもお願い申し上げます。
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  • 名無しの権兵衛 
  • URL 
  • at 2011.01.02 22:03 
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