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無二無三

『新選組を探る』、『川崎尚之助と八重』、『慶応四年新撰組近藤勇始末』、『慶応四年新撰組隊士伝』著者、あさくらゆうの公式ブログです。主に取材、調査、日常のことを記しています。 *当該ブログで掲載した画像の無断転用は固くお断り申し上げます。なお、論争の道具にすることは固くお断り申し上げます。*拙ブログについての問い合わせはTOPページよりメールでお願い申し上げます

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小田切謙明訃報のこと

 今年に入ってから千葉さなの調査に費やすことが多くなっておりますが、思ったのは、どうも情報が錯綜しており、特に千葉さなについては小田切謙明が千葉さなから聞いた談話などという架空話が登場することをよくネットで見かけます。

時系列で追った方が早いので、まず下記に記述します。

明治23年7月 小田切謙明脳病(精神異常ではなく脳梗塞か?)に罹る
明治24年不詳 治療のため京地(ここでいう京は東京の意味)で治療を受ける。
明治25年不詳 衆議院選挙候補者に推され、自由党から立候補、落選。
明治25年不詳 再び東京で治療を受ける(このときに千葉さなから灸治を受けたものと思われる)
明治26年3月 治療の甲斐あり、甲府の自宅へ帰省する。
明治26年4月 9日、急に病が再発し、死去。

 この訃報を地元では山梨日日新聞と峡中日報が同月12日の記事で伝えています。この訃報とともに、小田切謙明の略伝が連載されますが、何故か峡中日報に関しては中絶しており、山梨日日新聞は同月17日まで連載して完結しています。

 なお、同時に顕彰会が発足し、建碑運動が始まり、特に山梨日日新聞には多くの広告が掲載されましたが、いったん頓挫したようで、実際には40年の後まで待つことになります。こうした経緯から千葉さなが夏になってその情報を聞き、来訪したのではないかと推測できます。

山梨日日新聞4月12日記事
●小田切謙明氏逝く
 当市飯沼村の小田切謙明氏は去る明治23年7月中、興津の海水浴にて脳病に罹り、爾来療養怠たることなかりしも、病勢益々重く、24年より京地に至り、大学第一病院に於てベルツ其他名医の診察を受け、病勢少しく怠たるや、昨年の総選挙に本県第一区の候補者となり、病を侵して奔走したるの結果、再たび重症となりしを以て、また京地に上り引続き大学病院の治療を受けたれども快復の見込なきまま去月帰峡して自宅に臥養し居られたり。
 然るに一昨日は家内に祝事あり。朝来家人と共に談笑しつつ、午前10時頃に至り平素用ゆる灸治を為せしめ不快なりとて、之を止しめ暫くして医士を招くべしと命じ、又氷嚢を用意すべきことを命じたるまま、恰も眠れるが如く目を閉じ、一言も発することなく、同夜11時30分頃に至り○焉永逝せられたりと。
 氏は常に新聞紙を読むを好み病中と雖も之れを見ざることなし。而して国事の巳れの意に適せざることあるときは激昂、自ら抑うる能わず故に、医師は氏が新聞を見ることを厳禁したれど氏は尚其愛を削く能わざりし。而も近来は成べく心を政治上に注ぐことを罷んとて、新聞をも読むことなく、偏えに治療のみに意を用いたりしに惜しむべし。天、氏に年を仮さず48歳を一期として遂に不帰の客となれり。
 氏が訃音の各地に達するや、自由党事務所、又は自由新聞社、其他各地の政友は電報を以て氏の逝去を弔を来るおの多し。氏の葬儀は明日午後1時、自宅を出棺し、上府中元三日町清運寺にて行なわるる筈にて、隣家某方に葬礼事務所を設けあり。嗚呼、氏が半生国事に竭して未だ其の素志に報うる所あらず。産病を獲蕩し、失意快々の間に終りたる。之れを命とや言わん、峡中、此の一個の血性男子を失いたること殊に悲傷すべきなり。

*当時の新聞記事のため、句読点と一部の漢字、数字は改めました。○は判読できませんでした。原本を確認する場合は山梨県立文学館でご覧ください。

 このよう記事が報じられました。ちなみに千葉さなが甲府へ訪れたのは8月17~18日ころで、当然、小田切謙明が千葉さなから談話を聞くことは不可能です。そして8月中には甲府を出立し、千住へ帰宅したようです。


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Comment[この記事へのコメント]

NoTitle 

千葉さなから話を聞いたのは千住が通説だと思うのですが...
  • 名無しの権兵衛 
  • URL 
  • at 2010.10.15 15:52 
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このコメントは管理人のみ閲覧できます
  •  
  •  
  • at 2010.10.15 20:30 
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はじめまして 

名無しさん、コメントありがとうございます。
「通説」という書物があるのでしょうか、それともなにかの雑誌なのでしょうか?
私の知る限り、小説を引用して書いた高本薫明著「千葉灸治院」(土佐史談)の創作(完全なフィクション)でした存じません。
千住で千葉さながインタビューされた記事を見つけたのでしたら新発見ですよ。
ですので、千葉さなについては阿井景子著「龍馬のもうひとりの妻」からの引用が多く危険です。千住のインタンビュー云々はこのフィクション作品がベースとなっておりますのでどうか誤解されないことを申し上げます。
  • あさくらゆう 
  • URL 
  • at 2010.10.15 20:42 
  • [編集]

鍵付きさま 

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  • あさくらゆう 
  • URL 
  • at 2010.10.15 22:36 
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