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無二無三

『新選組を探る』、『川崎尚之助と八重』、『慶応四年新撰組近藤勇始末』、『慶応四年新撰組隊士伝』著者、あさくらゆうの公式ブログです。主に取材、調査、日常のことを記しています。 *当該ブログで掲載した画像の無断転用は固くお断り申し上げます。なお、論争の道具にすることは固くお断り申し上げます。*拙ブログについての問い合わせはTOPページよりメールでお願い申し上げます

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連日の打ち合わせ

21日
 前日よりネットをいじっています。

 それと、明日、再度矢立茶屋へ参る予定もありましたので、せっかくなので、南足立郡役所移転に関する報告書を作成。すると、前日話したことに一部誤りを発見。再訪のときにはお詫びしようと思いました。

 ちなみにこのときの南足立郡役所の写真はないそうです。明治20年から大正12年までは間違いなくあった建物なのでしょうが、誰かは持っているでしょうか。

 笑い話の一種ですが、千葉さなは1-1に縁がある、という話題になりました。結婚したときの住所も翁町1-1、千住へ越したときも千住1-1、新築した屋敷もさな死亡後に仲町1-1になっています。別に歴史的見地ではありませんが、なんとなく交わした話題です。

 また「ゲゲゲの女房」を鑑賞後、就寝。13:30、メールで目を覚ます。その2分後に電話。15:00までに来てという。一応支度に手間取りますから14:30に到着。そしたら森重和雄氏と遭遇。

 そういえば、近所で千葉佐那に関する展示を行っており、阿井景子氏に絶大な信奉を抱いている森重氏なので、そこの見学がてらお寄りになったそうです。冊子をご購入いただいたそうでありがとうございます。

 ちなみに千葉佐那にかんする団体の件ですが、流儀が違うということもあり、向こうからアクションがない限り、コチラから向こうへアクションを起こすことはございません。一応、スタンスをそろそろ出しておかないといけないと思い、申し上げます。だからといって敵対とかいう訳ではなく、向こうは向こうで頑張っていただきたいと思います。

 そして、私がスタンスとする「さな」標記ですが、直筆文書が発見できたこともあり、千葉家の位牌と同様、「佐奈」の変体かなということがわかりました。なので、本来の表記は「千葉さな」が正しく、変体かなによって漢字化した場合は「佐奈」となります。山梨県甲府市の清運寺の墓碑も「千葉さな子」と標記されています。

 ちなみに「佐那」というのは史料の乏しい黎明期に長刀目録に記載のあるもので、司馬遼太郎氏の小説で定着したものですのです。なので私の考えでは「千葉佐那」という表記の場合、小説のキャラクターという観点で考えております。架空の人物では、木枯し紋次郎の例もあるとおり、架空のキャラクターでも顕彰するのはよいことです。最近、漫画「北斗の拳」で兄であり、ライバルであるラオウの昇魂式がありましたが、そのように架空の人物でも顕彰はよいのではないかとも思います。

 そしてOさんと遭遇。簡単に事情を説明。その後、居合わせたIMさんと談笑。これで時間は過ぎ行き、結局17:30には辞去しました。で、講演ですが、11月6日に前倒しとなりました。場所も丸井になったそうで、駅前なので便利で喜ばれそうですね。

 で、帰宅後は睡魔が襲い、そのまま就寝いたしました。


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