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『新選組を探る』、『川崎尚之助と八重』、『慶応四年新撰組近藤勇始末』、『慶応四年新撰組隊士伝』著者、あさくらゆうの公式ブログです。主に取材、調査、日常のことを記しています。 *当該ブログで掲載した画像の無断転用は固くお断り申し上げます。なお、論争の道具にすることは固くお断り申し上げます。*拙ブログについての問い合わせはTOPページよりメールでお願い申し上げます

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天然理心流近藤内蔵之助墓所探訪(過去記事)

「出来事・つぼやき」2006-04-04 21:50:06より

本日は運転免許の更新に行きました。
そのついでに寄ったのが標題の場所です。

 近藤内蔵之助については、遠江の人物という云い伝えしかない謎の人ですが、この御仁が「天然理心流」という武術(このころは剣術、柔術、気合術と、総合的だった)を創始したのです。

 墓所は妙久寺という、運転免許センターからタクシーで1メーター程度の場所にあります。

 建立者は小幡健貞こと万兵衛と、桑原英助。ともに高弟です。この流れに則り、二代目に近藤三助が襲名します。あまり知られておりませんが、浦賀に幕臣川村家に従い、浦賀で天然理心流を教えていたようです。その流れで箱館戦争で壮烈な戦死を遂げた中島三郎助がこの流派を学んだといいます。

 このあたりから、近藤内蔵之助の身分的な位置を考察すると、「幕臣、あるいは幕臣の家来」という想定が成り立ちます。

 遠江には「近藤五家」という旗本衆がおり、筆頭を近藤登助、次に近藤隼人(最後は新選組と一緒に闘った近藤隼雄)等、遠江に近藤家は存在します。

 家紋は「鹿角」で、妙久寺に1件ある近藤家の家紋と一致します(ただし、この近藤家が関係するかは不明)。
 ただ、残念だったのは、しばらく忘れられた存在だったようで、卒塔婆が1本のみ立っておりました。この卒塔婆も相当古く、絶対に大河ドラマ「新選組!」が放映されるはるか以前のものと思われます。

 ミーハー的な影響の影にひっそり存在するこういった史跡も大事だと思うのは私だけでしょうか?


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Comment[この記事へのコメント]

妙久寺 

僕の住んでいるマンションのすぐ近くですね。
僕も何度か行ったことがあります。

いまは 

森重さま、コメントありがとうございます。

さて、いまはどうなっているでしょうね。

いずれ貨物線も廃止になり雰囲気も変わるのでしょうね。
  • あさくらゆう 
  • URL 
  • at 2010.02.25 00:51 
  • [編集]

妙久寺 

では、今度の日曜日にでもまた観てきますね。

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