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無二無三

『新選組を探る』、『川崎尚之助と八重』、『慶応四年新撰組近藤勇始末』、『慶応四年新撰組隊士伝』著者、あさくらゆうの公式ブログです。主に取材、調査、日常のことを記しています。 *当該ブログで掲載した画像の無断転用は固くお断り申し上げます。なお、論争の道具にすることは固くお断り申し上げます。*拙ブログについての問い合わせはTOPページよりメールでお願い申し上げます

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目からウロコな日

25日
 内臓関係は昨日よりはマシ。ただ、内臓系の影響で首肩が張っており、今朝は両方が張っています。まっすぐだけは良く見えます(汗)で、きょうの新聞で年賀ハガキの当選を見ます。100枚のうち、当選は切手シートが2枚。宝くじより当選率は悪いですね。当ったのは広告ハガキとメル友森重氏。ありがとうございます。
 さて、きょうは出かけるかどうか迷ったのですが、TVで放送していた運勢で私の星座が1番で、かつ「発見がある日」と記されていたのできょうも東京都公文書館へ赴きました。

 結果はありました。発見が!

 まず、清水家家来松井家の菩提寺の記録です。檀家で松井家は2軒。寛政重修家譜にも2軒ありますが、実は幕末に1軒になっています。つまり1軒余ることになる。法名から考えて士族の可能性あり。楽しいです。

 そして結城戦争で戦死した相馬翁輔の戒名も判明しました。現在この菩提寺には相馬家の墓碑は存在しませんが、どうやら旧牛込区から現在の中野区へ移転する際に統合されたようです。菩提寺に出入している石屋さんが覚えていて、20年以上前に撤去したとの由。そのときには単に「相馬家之墓」だけだったそうです。

 そして近藤隼雄の手がかりになる菩提寺の記録も発見。どうやら息子の慎用の代に統一してしまったようです。見つける手がかりも出来ましたので近いうちに探訪したいと思います。

 最後に沖田芳次郎の妹が嫁いだ三村家の記録です。この記録で三村家が最低でもこの時期から江戸にいたということが解りました。

 こんなことがあってか、夜は少し調子が良くなってきたので山積していた史料の整理を行いました。かなり山となっていましたが半分程度が片付きました。あとはラベル作りやらのマクロ系ですので翌日回しです。

 とりあえずフィールドワークできる体作りが大切になってきそうです。



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