QLOOKアクセス解析

無二無三

『新選組を探る』、『川崎尚之助と八重』、『慶応四年新撰組近藤勇始末』、『慶応四年新撰組隊士伝』著者、あさくらゆうの公式ブログです。主に取材、調査、日常のことを記しています。 *当該ブログで掲載した画像の無断転用は固くお断り申し上げます。なお、論争の道具にすることは固くお断り申し上げます。*拙ブログについての問い合わせはTOPページよりメールでお願い申し上げます

Entries

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  • TB(-) |
  • CO(-) 
  • [Edit

なぜか本日ネットニュースになった件について

IMG_0002.jpg
 実は東京新聞等で8月3日の夕刊に報じられていたのですが…

 一部疑問が出てることを箇条で説明すると、
①千葉さなは土葬された
②名義人は熊木庄之助
③名義人住所は明治32年(1899)に移転してるけど、一度も名義変更も更新もされていない
④灸治院は相続で紛糾し、熊木家は移転して現在の荒川区で灸治院を開業
⑤熊木庄之助は大正7年(1918)に死去、家督を養子の慶雄が相続。
⑥昭和24年(1949)に谷中霊園の無縁墓地の合葬が決定、登録住所に東京都より連絡。
⑦当然移転先に住んでいないし、庄之助も死亡しており、事情を知る者もなく、そのまま無縁化。
⑧もし分骨しているのであれば焼骨の必要があるが、改葬された事実は存在しない。改葬していたのであれば、名義人の申請が必要で、その痕跡がない。
⑨名義人に無断で改葬した場合墳墓発掘罪、および死体等領得罪に問われてしまう。実際に所定の手続きを経て発掘した事例に雲井龍雄があるが、それでも許可を得るにはかなりの手続きを経た。
⑩甲府市も分骨されたことは述べていない。
https://www.city.kofu.yamanashi.jp/welcome/rekishi/sanako.html

 ちなみに誤解されそうですが、小田切家墓地にある「千葉さな子」墓所は追想墓と理解しますが、それはそれで墓所であり、捏造ではありません。新選組でも近藤勇なども各地に墓所があるので、それと理解されれば幸いです。どちらにしても無縁塚に合葬されたことが東京都の公文書として存在するので、今回、無縁のままにするのは如何なものかと、本来祭祀していた熊木家が引き取ったということです。これからは熊木家が祭祀することとなり、無縁でなくなったことに安堵しております。

 もちろん葬儀に関する事項は熊木家で進めているところですが、関係者各位には案内がいくものと存じておりますので、その際はよろしくお願い申し上げます。

人気ブログランキングへ
よろしければクリックご御力お願いします

にほんブログ村 歴史ブログ 幕末・明治維新へ

スポンサーサイト
  • TB(-) |
  • CO(-) 
  • [Edit

Menu

プロフィール

funnya

Author:funnya
FC2ブログへようこそ!

最新記事

最新記事

検索フォーム

ブロとも申請フォーム

QRコード

QRコード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。