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無二無三

『新選組を探る』、『川崎尚之助と八重』、『慶応四年新撰組近藤勇始末』、『慶応四年新撰組隊士伝』著者、あさくらゆうの公式ブログです。主に取材、調査、日常のことを記しています。 *当該ブログで掲載した画像の無断転用は固くお断り申し上げます。なお、論争の道具にすることは固くお断り申し上げます。*拙ブログについての問い合わせはTOPページよりメールでお願い申し上げます

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「不動堂屯所碑」について苦言



石碑が建立される前より建立されていたハトヤホテルの木札

 きのうの「なんでも鑑定団」の件でメル友森重さんからメールのやり取り。いろいろありますね。


 それよりも、とあるブログで気になる記事を見つけました。もとのきっかけは私のブログに京都新聞から何度も閲覧に来ていることがきっかけです。

 ココのブログにある「新選組最後の洛中屋敷跡」です。いわゆる不動堂屯所跡について石碑が建ったということです。


 新選組に対する新しい史跡ができることは賛成ですが、気になったことがふたつ。


1、碑の標題が「此付近 新選組最後の洛中屋敷跡」

ということ。特に「此付近」という記述です。前に私の記事に書きましたが、中村武生氏は屯所跡の場所を把握しているはずです。それにも関わらず、この3文字を入れたことはおおいに問題を感じます。それはリーガロイヤルホテルにも同等の碑があるからです。諸事情はよく存じていますが、もし、新たに碑を建立するのなら、そういった配慮を考えるべきです。もちろん配慮するのは「見学者」にです。この碑を建てたおかげで跡地の特定を行う支障が発生してしまいました。見学者を「さまよえる旅人」にしたことについてどう思うのか……。


2、中村武生氏の解説板で、が、厳密な場所や規模、建物構造などについては信用に足る史料が少なく、不明です。価値の低い記録による復元・叙述は、極力さけなければなりません。の言葉。

 監修をして、建立させて、懇親会に参加しておきながらこの言葉は「僕の監修で建ててるけど、あれはハトヤが勝手に建てたのだから責任は負わないよ♪」という意味に感じてなりません。監修をしたからには一番の責任を負っていただきたい。それとも誰かにおもねりたいためなのか?そうであれば研究者失格!ですが、そうでないことを祈っております。


 本来は賞賛すべき出来事だったのですが、碑の文面と中村氏の解説板によって一切が台無しになった気分です。

 これで私の世代による跡地の特定、そして定着させることが不可能となりました。残念です。

 ともあれ、これから京都で新選組史跡をめぐる方は???の気分でとまどいながら、かつこの議論が完結することは無理になりました。

後日現地訪問しましたので、内容を一部修正いたしました。

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