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無二無三

『新選組を探る』、『川崎尚之助と八重』、『慶応四年新撰組近藤勇始末』、『慶応四年新撰組隊士伝』著者、あさくらゆうの公式ブログです。主に取材、調査、日常のことを記しています。 *当該ブログで掲載した画像の無断転用は固くお断り申し上げます。なお、論争の道具にすることは固くお断り申し上げます。*拙ブログについての問い合わせはTOPページよりメールでお願い申し上げます

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旅行記~奈良、大阪編

 いままで講演資料を作ってました(汗)

21日
 岐阜の続きです。岐阜から米原経由で京都まで行こうとしたのですが、なんとJRの事故で復旧見込不明状態なので、急遽進路を変えて岐阜羽島方面へスイッチしました。

 その前に岐阜駅でよく利用するパン屋を紹介します。


「サカエパン」です。大げさですが、ここの名品「アイスパン」です。


味はほかにもバニラ、チョコレート、ストロベリーがあります。


また、一緒にミソカツサンドも購入しました。けっこうマヨネーズが入ってますが、美味です。

 そんなこんなで岐阜羽島着。13:01発に乗って13:40くらいの着。ここでレンタカーを借りようとしたら、なんとH郷土資料館の前館長T氏夫妻とばったり遭遇。旧交を温めました。偶然旅行中だったとか。最近、移動中に懐かしい知人と良く逢います。嬉しい限りです。

 そしてこのまま高速をすっ飛ばし大和高田にある法務局へ。土地台帳を確認後、櫛羅の不動寺へ。


 お寺の方はおりませんでしたが、親切な業者さんがコンタクトを取ってくださいました。どちらにしても、もう暗いので、きょうの宿泊先、「かつらぎの森」に入りました。料理ではかなり気を使っていただいて嬉しい限りでした。しかし、どうもグリーンピアっぽい感じがして、アチコチにガタがきています。いまの従業員だからこそ持ってますが、入れ替わったら超赤字必至でしょう。

22日
 宿泊先を出て、再度不動寺へ。こんどはお寺の方がおり、酒井家墓所へ案内いただきました。


 酒井家墓所です。以前、紹介されてはいましたが、現存が確認できました。この手前にある酒井意誠が京都光縁寺に詣でて沖田氏縁者の弔ったのは新選組関係本では有名です。現在では事情は不明ですが、川西さんが調査された時期には事情を知った方がいたようです。やはり、川西さんが調べた30年後ではタイムラグがありました。ちなみにこの周辺はすべて櫛羅藩士の墓所でした。


 とりあえず墓を掃除した後、櫛羅陣屋跡へ参りました。おおまかに位置は特定できます。いまは民間の業者が入っています。


 そして櫛羅交差点です。元々は商人街で、そのため、大和新庄にあった永井家がこの地に越してきたといいます。ちなみに旧櫛羅藩士はこの櫛羅にはいないそうです。ここから駅寄りに向かい、酒造業の家に向かう右の枝道を入り、また右に折れたところにさきほどの陣屋に存在した門が移築されて残っています。


 没落した永井家から買ったようで、当時は2軒が買ったそうですが、もう1軒は火災に遭い、いまはここだけだそうです。
 この後、取って返して大阪へ。昔勤めていた店のオーナーが眠る加島墓地を参詣した後は大阪のド真ん中、北区の本傳寺へ。谷家の墓参をいたしました。


 しかし、雨がこのときひどくて大変でした(汗)ここは空襲被害がひどかったらしくて、墓石の焼けが多いです。床石まで焼けてます。

 そして墓参を済ませると、急いで京都へ向かい、レンタカーを返し、岡山へと向かいます。
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