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無二無三

『新選組を探る』、『川崎尚之助と八重』、『慶応四年新撰組近藤勇始末』、『慶応四年新撰組隊士伝』著者、あさくらゆうの公式ブログです。主に取材、調査、日常のことを記しています。 *当該ブログで掲載した画像の無断転用は固くお断り申し上げます。なお、論争の道具にすることは固くお断り申し上げます。*拙ブログについての問い合わせはTOPページよりメールでお願い申し上げます

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千葉しのの夫

2日
3:00、起床。

5:00ころより腹痛。投薬してもなかなか効かず。

8:00、「純と愛」鑑賞。愛の変貌ぶりがうまいのは演出だけでなく、風間くんの演技も秀逸だからか。

9:00、食事。やはり腹痛はそのままの状態。薬が効かないのが一番困ります。

14:00、ようやく身体が動き始め、支度を。


15:30、三田の龍原寺へ。ここに千葉十太郎の末娘、千葉しのの夫、江戸一郎の墓所があることが昨日判明しました。元の名前は徳島藩伊月一郎で、明治3年に維新政府から初の公費留学生に選抜されています。そしてヨーロッパ一周して帰国した後はいくつかの戦艦の艦長を務め、惜しいかな、明治24年に死去しています。この明治24年に「江戸」姓に改姓しています。


 もともと「千葉の名灸」で「江都一郎」と記述があったので、どのような人物かが推測できなかったのですが、偶然、別件で探していた簿冊から名前を発見し、ここまで到達できました。確認したら碑文にも「千葉氏」とありました。


 そして、迂闊にも、田口加賀守の菩提寺であることを失念しておりました。田口家は天保年間に長崎奉行を務めた方で、高島秋帆の庇護者でもあります。「蛮社の獄」に関連して蘭学者狩りをされた際、鳥居甲斐守と対立して更迭されています。

 きがついたら16:30になっておりましたので、そそくさと辞去。時間がもったいないのでタクシーで青山霊園に向かいました。その間、六本木を通り抜けましたが、ずいぶん変貌していまして驚きました。時代の流れですね。

16:45、青山霊園に到着。すこし迷いながらも目的の区画に到達。しかし、目当ての墓所は撤去された模様で、その後に入った墓所もずいぶん時を経ておりますので撤去はかなり以前なのでしょう。

17:00、警視庁墓地を見ながら日暮れが深く、そそくさと辞去。乃木坂から町屋駅まで1本で帰れました。連休中とあってか、めずらしく千代田線車内は空いてました。

19:00、帰宅。腹痛の後遺症で疲労困憊です。

21:00、テレビ朝日系の「十津川警部シリーズ」を鑑賞。あっ、愛川欽也さんが引退して高田純次さんになっていました。でもキャラ的に無理してる感じがあって同一人と気付くのに時間がかかりました。

23:00、疲労困憊のため、鑑賞中に就寝。

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