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無二無三

『新選組を探る』、『川崎尚之助と八重』、『慶応四年新撰組近藤勇始末』、『慶応四年新撰組隊士伝』著者、あさくらゆうの公式ブログです。主に取材、調査、日常のことを記しています。 *当該ブログで掲載した画像の無断転用は固くお断り申し上げます。なお、論争の道具にすることは固くお断り申し上げます。*拙ブログについての問い合わせはTOPページよりメールでお願い申し上げます

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東日本強行軍~その8

29日つづき
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11:07、ホンの僅かですが、遅れてBRTの到着です。約2時間かけて柳津まで参ります。

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11:37、本吉に到着。ここでトイレ休憩も兼ねて3分停車します。BRTは復旧した区間は旧気仙沼線の線路跡を通り、破損が激しい区間は一般道を走ります。感想ですが、南気仙沼~松岩間とか、小金沢近辺などは跡形もありません。トンネルで辛うじて痕跡がわかるような場所もあり、震災が3年経っても、まだまだ復興にはほど遠い姿が理解できました。

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 BRTが一般道に入ると旧線路跡をよく見かけます。本吉~柳津間は比較的新しい建造ですのでコンクリ橋を多く見るのですが、コンな形で破損の爪痕を多く見せております。

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 そしてBRTで特徴的だったのは高台移転した南三陸町の庁舎がある場所ですか。いまだにテントが実用として使われていることが理解できます。災害支援をいまだにやっている…、もとい、集積されております。個人的にはやるべきことが違うことに移ってきているように思えます。それがこの防災庁舎周辺です。この防災庁舎は取り壊しが決まっておりますが、まだ残存しております。言い方を変えれば、壊すよりも先にやることがある、ということを感じました。いま、工事業者が土盛りして地盤沈下した土地を懸命に復旧しております。それでもこの地域に戻ることは許されないのでしょう。オリンピックなんかより、まだ仮設住宅に住む方に対して解決策を与えることが大事だと思います。オリンピックのせいで、その分工事業者が減るような気がします。

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12:52、柳津に到着。駅には飲食を販売するお店は存在しません。辛うじて飲み物の自販機と、切符を購入する方の関係で委託の駅員さんがいます。ここで疑問が沸きました。この柳津駅はホームにはこの跨線橋を昇降するしか乗車する方法がありません。これって車椅子の方は無理ですよね。なんとなく、この政策に怒りを覚えました。これって廃止にする前提が見え隠れしているように見えてなりません。

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 たとえばコレです。すでに気仙沼線としては廃止が前提のような扱いです。だったら後方を仮に舗装して、スロープ状の部分を作って跨線橋を渡らずに行ける方法を考えて欲しいんです。また、気づいたのは、何故か駐車場にはJR東日本の自動車が鎮座しており、車内に籠っております。コレって委託駅員を監視しているようです。委託駅員が信用できないなら、直轄駅にして駅員を置いたら?と考えてしまいます。第一委託駅員は高齢の女性で、この方に車いすの方をホームに案内するのは無理です。個人的には早急にバリアフリーの設備をしていただきたいものです。

 ちなみに旧気仙沼線は陸前横山駅までは無事です。だったら志津川まで仮復旧して資材を鉄道で運搬するという方法も模索できると思うのですが。旅客よりも貨物ターミナルを作って資材をどんどん運んでいただきたいものです。実は前谷地までは貨物が通れる規格なのです。ちょっとしたことで利用価値が高いのですが、国策と併せてややこしいのでしょう。

 そんなことを感じてしまったBRTの旅でした。
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