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無二無三

『新選組を探る』、『川崎尚之助と八重』、『慶応四年新撰組近藤勇始末』、『慶応四年新撰組隊士伝』著者、あさくらゆうの公式ブログです。主に取材、調査、日常のことを記しています。 *当該ブログで掲載した画像の無断転用は固くお断り申し上げます。なお、論争の道具にすることは固くお断り申し上げます。*拙ブログについての問い合わせはTOPページよりメールでお願い申し上げます

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西日本ループの旅、その9

20日つづき
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 さて、ということで今度ははじめて出石城を巡ります(爆)実は多忙と天候により、登る機会がなかったのです(汗)ようやく機会を得ました。

 ちなみにこの登城橋は江戸時代には現存しません。下を流れる谷山川はバイパスで、当時は現存してませんでした。ですので登城するのに橋を渡る必要はなかった訳です。もちろんその外側にある堀に関門がありますので、当時は簡単に入ることは不可能です。

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 よく紹介されるのが西隅櫓です。実はこれも昭和40年代の城再建ブームに便乗して再建されたものです。明治6年の廃城令により破却されて現存物は少なく、そして明治9年の出石大火で弘道館も焼失しており、江戸時代の遺構は石垣がメインになります。

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 そして本丸近くにある東隅櫓です。なぜかこの櫓の目前に『出石城』の石碑があります。絶対勘違いすること間違いなしです!

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 その城址から眺めた出石の街並みです。直進する道路は半分ほどは当時の道です。ふと思ったのですが、城門に近い一帯は町人街で、武家屋敷は城をベルトで囲むように立地しているのです。少し変わった光景ですね。もちろんその町人地に下級士族が地借りするようになります。そのひとりが川崎才兵衛です。

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 その後、下に降りて本覚寺の裏手に入ります。外堀がいくつか現存しています。ちなみに本覚寺は通称テッセン寺とも呼ばれ、テッセンの花が見事に咲き誇ることで有名な浄土真宗寺院です。

(つづく)
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