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無二無三

『新選組を探る』、『川崎尚之助と八重』、『慶応四年新撰組近藤勇始末』、『慶応四年新撰組隊士伝』著者、あさくらゆうの公式ブログです。主に取材、調査、日常のことを記しています。 *当該ブログで掲載した画像の無断転用は固くお断り申し上げます。なお、論争の道具にすることは固くお断り申し上げます。*拙ブログについての問い合わせはTOPページよりメールでお願い申し上げます

Category [人物(幕臣) ] 記事一覧

上羽家の謎、その2

5日 なんとなく眠れません。 そういえば、最近、やけに閲覧が多い上羽(カミハ)家の記事ですが、検索したら傍証が取れました。上羽家って清水徳川家の家臣だったのですね。清水家の家臣と山口家の関係が気になるところです。とりあえず谷家の墓所は多磨霊園にありますが、上羽家はわかりません。以前、上羽政房の妻の実家がある稲城を尋ねましたが不明のままでした。 なお、明治4年現在に田安家や清水家の禄高帳から各家士を...

原稿執筆と朝涼忌

29日 昼前に起床。そんなに体力は快復せず。昼過ぎに図書館に出かけようとしたら電話…。ようやく15:30に電話が終わり、17:00に出発して足立区立中央図書館へ。「玄武館出席大概」に記される幕臣関係史料を簡易に調査。ついでに商人データベースも入荷していたので伊勢屋(土方歳三の親戚)の史料をコピーしました。 帰宅後、食事直前に電話…「ゲゲゲの女房」ではりませんが、終わりよければすべて良し♪ で、足立史談の原稿を執...

山岡鉄舟の遺言書

台東区全生庵山岡鉄舟墓所 明治26年7月20日付の読売新聞の記事です。鉄舟居士の遺言を発見す 山岡家にてハ鉄舟居士が生前最も秘蔵し居りし手文庫あり此頃始めて開て見たるに図らずも中にハ一封の遺言状あり居士が直筆にて予が死したる後ハ此雛形の石碑を建て極て質素になし置くべき旨認めたる外に二百年前に於ける石碑の如く石燈籠の如き形の石碑雛形を添へてありしかバ昨今親族会議を開て相談中なりと 明治20年代、山岡家にけ...

彰義隊隊士の末路

 明治29年7月1日の記事を紹介します。落魄士族の盗牛込区市谷々町四十八番地小林松五郎方に止宿せる東京府士族山本清兵衛(七十一)といふハ徳川家譜代の臣にて維新の折にハ彰義隊に走せ加はり華々しく上野の山に戦ひしが戦ひ敗れて東北へと脱走する途中船橋の合戦に一方の旗頭となりて勇ましく闘ひたる其の紀念ハ左の腕に弾丸の痕ありありと未だ消えやらぬ剛の者なりしが二十余年の今日となりてハ落魄果てて見る影なく故から知...

一橋家中大石家メモ

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